ヘルズ・エンジェルス誕生 ― 戦争が生んだアウトローたち
カリフォルニア州サンバーナーディーノ郡フォンタナ。
ここで産声を上げた一つのモーターサイクルクラブは、やがてアメリカ全土、そして世界66か国へと広がる巨大組織へ成長することになる。その歩みは、まさに一本のロードムービーそのものである。
第二次世界大戦が終わり、帰る場所を失った若者たち
第二次世界大戦終結後、復員した兵士たちは家庭や職場へ戻り、速やかな社会復帰を求められた。
しかし、数年間にわたり極限状態で生きてきた彼らにとって、平穏な日常へ戻ることは決して容易ではなかった。
戦場の恐怖を懐かしむ者はいなかったが、命を預け合った仲間との強い絆、明確な目的、そして生死が隣り合わせだった日々の緊張感を忘れられない者は少なくなかった。
そんな若者たちが居場所として集まったのが、モーターサイクルクラブである。
バイクで風を切るスピードは、戦場で感じたアドレナリンを思い起こさせた。クラブは軍隊のような仲間意識を取り戻せる場所となり、多くの退役軍人に新たなアイデンティティと居場所を与えたのである。
ヘルズ・エンジェルス誕生
1948年3月17日。
第二次世界大戦の退役軍人であったオットー・フリードリ(Otto Friedli)は、当時所属していたアウトロークラブ「Pissed Off Bastards of Bloomington(POBOB)」を離脱し、カリフォルニア州フォンタナで新たなクラブを結成した。
それが、後に世界最大級のアウトロー・モーターサイクルクラブとなる**ヘルズ・エンジェルス(Hells Angels Motorcycle Club)**である。
「地獄の天使たち」という名前の由来
「Hells Angels」というクラブ名は、創設者の友人であり、第二次世界大戦中に中国戦線で活動したアメリカ義勇軍「フライング・タイガース」の"Hell's Angels"飛行隊に所属していたアーヴィド・オルセン(Arvid Olsen)が提案したとされる。
一方で、クラブがギネス世界記録へ提出した書簡では、ヨーロッパ戦線で活躍した第303爆撃群「Hell's Angels」部隊が由来だと説明している。
実際には、第二次世界大戦中には複数の航空部隊が「Hell's Angels」の名称を使用しており、その語源は1930年公開のハワード・ヒューズ監督による映画『Hell's Angels』にさかのぼる。
映画は第一次世界大戦中の英国王立飛行隊を描いた超大作であり、その勇敢さと冒険心を象徴する名称が、戦時中の航空部隊へ、そして後にバイカーたちへ受け継がれていったのである。
アポストロフィが存在しない理由
本来であれば「Hell's Angels」と表記するのが文法的には正しい。
しかしクラブは意図的に「Hells Angels」と表記している。
公式サイトでは、
「アポストロフィが欠けていることは知っている。だが、それを見落としているのは君たちのほうだ。私たちは分かっている。」
と説明しており、文法よりも反骨精神を優先する彼ららしい姿勢を示している。
ホリスター暴動 ― アウトロー文化誕生の瞬間
ヘルズ・エンジェルス誕生の前年、1947年7月4日の独立記念日週末。
カリフォルニア州ホリスターでは、AMA(アメリカン・モーターサイクリスト協会)が主催する「ジプシー・ツアー」が開催された。
人口わずか4,500人ほどの小さな町へ、約4,000人ものライダーが押し寄せた。
ほとんどの参加者は平和にイベントを楽しんでいたものの、町の受け入れ能力は完全に限界を超えていた。
ホテルは満室となり、多くのライダーが公園や歩道、民家の芝生で野宿する事態となる。
一部の参加者は大量の酒を飲み、街中でレースを繰り広げ、バーを破壊し、ビール瓶を投げ捨てるなど騒動を起こした。
地元警察はわずか7人しかおらず、圧倒的な人数差の前になすすべがなく、最終的に約50人が逮捕された。
幸い死者は出ず、町そのものへの被害も限定的だったとされる。
「暴動」は写真が作り出した
事件後、雑誌『Life』は、酒瓶に囲まれバイクへまたがる酔ったライダーの写真を大々的に掲載した。
この一枚が全米へ衝撃を与え、
「バイカー=無法者」
というイメージを決定づけたのである。
さらに1953年公開のマーロン・ブランド主演映画『The Wild One(乱暴者)』のモデルにもなり、後のグリーサー文化やロックンロールファッションにも大きな影響を与えた。
「1%」という伝説
ホリスター事件後、
「99%のライダーは善良な市民であり、残る1%だけがアウトローである」
という言葉がAMAによって発せられたと広く語られるようになった。
ただしAMAは後年、「そのような公式声明を出した記録は存在しない」と説明しており、この逸話は現在では伝説的エピソードとして扱われている。([Wikipedia][2])
それでもアウトローバイカーたちは、この「1%」という言葉を誇りとして受け入れた。
社会に従わず、自らの掟だけで生きる者――。
彼らは「1%er(ワンパーセンター)」を名乗り、ダイヤ型の「1%」パッチを革ベストへ縫い付けることで、自らの生き方を示すようになった。
そしてヘルズ・エンジェルスは、その象徴として世界で最も知られる存在となっていくのである。