2023年8月、アメリカ・ネバダ州ラスベガスで起きた衝撃的な事件。
当時17歳だったヘズス・アヤラと16歳だったジャザミア・キーズは、自転車に乗っていた64歳のアンドレアス・“アンディ”・プロブスト氏を盗難者で意図的に轢き殺し、その一部始終を撮影した映像がソーシャルメディアで拡散され、大きな社会的反響を呼んだ。映像には、二人が笑いながらプロブスト氏に向かって車を走らせる様子が記録されていた。 アヤラは『少年法があるから30日で出られるさ』と警察を嘲笑い、法廷で遺族を挑発し続けた。その後アヤラとキーズは検察と司法取引(plea deal)に応じ、2025年10月に凶器使用による第二級殺人などの罪で有罪を認め、2025年12月16日、その少年たちについに判決が下された。
クラーク郡地方裁判所はアヤラに20年〜終身刑、キーズに18年〜終身刑の判決を言い渡し、いずれも未成年時の犯行として認められる最も重い刑が科された。
この事件は、少年犯罪とソーシャルメディア文化、そして刑事司法制度が交錯する象徴的なケースとして、今も議論を呼んでいる。アヤラとキーズの凶行は、決して孤立した事件ではなかった。その裏には、全米の都市を恐怖に陥れた異常な事態があった。
当時、TikTokで流行していた「Kia Challenge(キア・チャレンジ)」に関連する若者のグループ、彼らはいわゆる「Kia Boyz(キア・ボーイズ)」と同様の文化圏の一部だった。「Kiaチャレンジ」とは、起亜(Kia)やヒョンデ(Hyundai)の一部の車種が、盗難防止装置(イモビライザー)を搭載していないため、USBケーブルや簡単な工具だけでエンジンが始動できてしまう脆弱性を突き、SNS上で盗難の方法や盗んだ車での走行動画を投稿する行為が大流行した現象だ。「車を盗む楽しさ」「注目を集める映像を撮る」という歪んだ承認欲求によって加速し、模倣犯が全国で相次いだ。
アヤラやキーズもまた、そのようなSNSの悪影響や文化に触れた若者の一例であり、単に車を盗むだけでなく、映像を共有することで「注目」や「称賛」を得ようとする心理が背景にあったと考えられる。しかし彼らが手を染めていたのは、単なる窃盗ではなかった。ラスベガス北西部の静かな住宅街を舞台に、無差別に他者の命を標的にした極めて凶悪な「犯罪スプリー(連続犯罪)」を繰り返していた。
2023年8月14日午前5時頃、彼らはヒョンデ・エラントラを窃盗し、そのわずか30分後、自転車で走行していた72歳の男性を背後から意図的に追突した。幸いにもこの男性は膝の負傷などの軽傷で済んだが、これは後に続くプロブストさん殺害の「予行演習」とも取れる極めて悪質な行為だった。彼らはその後、別の車両(トヨタ・カローラ等)に故意に衝突を繰り返し、近隣の女子学生の注意を引くために暴走するなど、社会秩序をあざ笑うかのような凶行を続けた。彼らにとっての目的は、「注目を集めること」だけにあった。その過程で他人の財産が壊れ、誰かが傷つくことなど、彼らにとっては無意味な副産物に過ぎなかった。
そして1台目を乗り捨て、すぐに別のヒョンデを窃盗した。午前6時を回った頃、彼らは前方を走るプロブスト氏の姿を捉えた。プロブスト氏は退職後ラスベガスに移り住み、この日は朝のサイクリングを楽しんでいた。『あいつをぶっ飛ばせ(Hit his ass!)、行け、行け、行け!』 『準備はいいか?』『ああ、いいぜ、跳ね飛ばせ!』 車内には2人は卑劣な笑い声が響いていた。アヤラはアクセルを踏み込み、背後から猛スピードでプロブスト氏に衝突した。体は車のフロントガラスに衝突して跳ね上がり、「ドスン」という鈍い音と共に歩道に叩きつけられ転がった。『おい、あの野郎、ぶっ飛んだぜ』即死に近い重傷を負った彼を、二人は救護することなく、その場に放置して逃走した。ひき逃げをした直後も二人は笑い続け、「これをを投稿すれば、登録者がグッドボタンを押してくれる」と言って動画撮影を続けた。彼らの薄っぺらな承認欲求で1人の男の尊い命があまりにも無惨に奪われてしまった。
その後、2台目の車をクラッシュさせたか、乗り捨てて、3台目を窃盗した。最終的に警察に発見され激しい追跡劇となり、複数の車や構造物に衝突してようやく停止し、アヤラは即逮捕、キーズは一時逃走後逮捕された。アヤラは、警察車で連行中、「30日もすれば少年院から出られる、ただのひき逃げだ。手首を軽く叩かれる(Slap on the wrist=軽いお咎め)程度で済むさ」と言い放った。
当時のアメリカは、まさに「キア・ボーイズ」という名の狂気に支配されていた。 彼らがこれほどまでに大胆に犯行を繰り返したのには、ある「確信」があった。それは、未成年であれば車両窃盗を犯しても「軽犯罪(Misdemeanor)」として扱われ、逮捕されてもすぐに釈放されるという、司法の盲点だった。ミルウォーキー、セントルイス、シカゴ、シアトル、ポートランド、ニューヨーク、ロサンゼルスなど特に、窃盗への罰則が緩和されていた都市では、被害は統計の枠を超えるほど爆発的に跳ね上がった。
2人の反省のない態度は法廷でも続いた。2023年10月の公聴会で、彼らは被害者遺族の目前でニヤニヤしたり、面白そうに笑っていたり、遺族に向け中指を立てる仕草を見せた。この10代の少年たちの無反省かつ冷酷な様子に、遺族はもちろん多くの人々が言葉を失った。ソーシャルメディア上では「未成年だろうと極刑に処すべきだ」「社会に二度と出すな(牢屋の鍵を捨てろ)」といった厳しい意見が飛び交い、少年犯罪の処罰や更生のあり方についての議論が再燃した。
2人は未成年ながら、犯行の悪質さからネバダ州法に基づき成人と同様に刑事裁判にかけられた。ネバダ州では、殺人などの極めて重大な罪の場合、13歳以上であれば成人裁判への移行が認められている。起訴状には、殺人、殺人未遂、凶器を用いた暴行、そして3件もの車両窃盗など、数えきれないほどの罪状が並んだ。さらに、被害者のプロブスト氏が60歳を超えていたことから、「高齢者虐待(加重犯罪)」という極めて重い要素も加えられた。
当初、アヤラとキーズはすべての罪状について無罪を主張(否認)していた。その後、アヤラの精神疾患や知的能力を理由とした「訴訟能力」の有無が争点となり、裁判は長期にわたって停滞した。しかし2025年、治療の結果、アヤラの訴訟能力が回復したと認定され、裁判手続きが再開した。
自分たちで撮影し、笑いながら公開したあの動画――。言い逃れのできない山のような証拠を前に、ついに彼らは追い詰められた。もはや逃げ切れないと悟った二人は、2025年秋、罪を認める『司法取引』に応じた。彼らは第一級殺人での裁判を回避するため、第二級殺人での罪を認めた。
ネバダ州法では、犯行時に未成年だった被告はたとえ第一級殺人で有罪となっても、『20年服役すれば仮釈放の申請ができる終身刑』が、少年に対する法定の上限とされている。これに対し遺族は遺族は苦渋の決断を下し、この司法取引を受け入れた。プロブスト氏の家族は「長期化する苦しみよりも平穏を選ぶことは、弱さではなく前を向くための強さです」と述べた。
2025年12月16日、悲劇の事件から約2年半が経過したこの日、ラスベガス地方裁判所リージョナル・ジャスティス・センターでついに最終判決の日を迎えた。アヤラとキースは最後に発言の機会を与えらたが、2人とも遺族に謝罪や弁明するする事はなく沈黙を保ち、わずかの犯行的な態度も見受けられた。ジャクリーン・ブルース判事は、主犯のアヤラ(現在20歳)に「20年からの終身刑(最低20年服役後に仮釈放審査資格)」そして動画を撮影していたキーズ(現在18歳)に「18年からの終身刑(最低18年服役後に仮釈放審査資格)」という判決を下した。
アヤラは最短でも20年、キーズは18年を刑務所の中で過ごさなければ、仮釈放の審査を受けることすらできない。審査の機会が巡ってきたとしても、仮釈放が認められる保証は一切なく、事実上ネバダ州法の下で未成年犯に対して科し得る最高レベルの厳罰が下された。
アヤラには、直接的な運転手としての責任に加え、別の傷害事件での追加刑期(懲役2〜10年)も科せられたがこれは同時執行刑となった。ブルース判事は、量刑理由を述べる中で、「あなたたちが家族に与えたダメージと苦痛には、何の言い訳も通用しない」と厳しく指摘し、犯行後の不遜な態度が、量刑をより重くした要因の一つになったことを示唆した。
検察の主任次席検事ジョン・ジョルダーニ氏は、「これほど冷酷非道な犯罪は見たことがない」と述べ、地域社会に怒りが広がったのも当然だと述べた。この日法廷でアヤラとキーズの顔から笑顔は消え、2人は手錠をかけられ静かに法廷から連行された。
キーズは判決後メディアのインタビューに応じ、謝罪の言葉を口にする一方で、「犯行当時はLSDの影響で記憶が曖昧だった」と主張し、「アヤラとは 事件の前日に初めて出会ったばかりだった 」「TikTokで流行していたトレンドの影響もあり、犯罪に及んだ」と説明している。
また、プロブスト氏の遺族は、現代自動車(Hyundai Motor Companyおよび関連会社)と起亜自動車(Kia)を相手取った不当死の民事訴訟も提起している。訴訟では、車の盗難防止装置が欠如していた設計欠陥が、少年たちによる盗難を容易にし、結果として事件を引き起こしたと主張している。アヤラとキーズ本人たちも被告に含まれており、現在もこの民事訴訟は継続中である。
『30日で出られる』と豪語していたアヤラ。そして『流行に乗りたかっただけ』と語ったキーズ。 しかし、彼らが行き着いた先は少年院ではなく、凶悪犯たちがひしめく成人の刑務所だった。ここで人生の輝かしいはずの20代、30代の全てを過ごす事となった。