ロサンゼルスでは、音楽とストリートカルチャーの境界線は常に曖昧だ。
Peysoh は、まさにその交差点に存在するアーティストである。
若くして全米の舞台へと急速に駆け上がった、新世代のメキシコ系アメリカ人ラッパー・Peysoh。
Kendrick Lamar のアルバム『GNX』への参加をきっかけに、その名は一気に注目を集めた。
彼の存在は、単なる“注目の新人ラッパー”という言葉では語りきれない。その音楽の背景には、ロサンゼルス特有のフッド文化やストリートの現実がある。
本記事では、Peysohのルーツ、育った環境、そして彼のフッド背景に迫っていく。
本名は Timothy Obutuke(ティモシー・オブトゥケ)。
「Peysoh(ペイソー)」というアーティスト名の由来は、スペイン語の 「pesas(体重/weight)」 にある。彼は子どもの頃からかなり痩せており、周囲の人間から「¿Cuánto pesas?(クアント・ペサス?=体重どれくらいだ?」と、からかい半分、心配半分でよく声をかけられていたという。
このとき何度も耳にした 「pesas(体重)」 という言葉が強く印象に残り、その響きをアーティスト名として昇華させたのが 「Peysoh」 だ。
2021年の Moraculous のYouTubeインタビューで彼は、「当時は金も持ってなかったし、メキシコの通貨(Peso)から名付けたのではない」と語っている。
Peysohは 2003年12月23日生まれ。
2025年の年末時点で、22歳になったばかりの若手ラッパーだ。
育ったのは、カリフォルニア州ロサンゼルス近郊のMaywood(メイウッド) と呼ばれるエリア。彼がよく口にする 「6ブロック」 は、この街の中でも特定の地区を指している。
この「6ブロック」は、56th Street と Fishburn Avenue 周辺を指し
56th Street → “56” → “6”
という、ストリート由来の略称だ。
この一帯は、FIU 13 や Maywood Locos 13 といったサウスロサンゼルス系ヒスパニックギャングの影響が強い地域として知られている。
Peysohは 6歳のとき、人生を大きく変える出来事を経験している。
自宅に 2人の男が押し入り、彼の 目の前で父親が射殺された。さらにその場で、自分自身も命を狙われたという。犯人の2人はいずれも若く、そのうちの1人は ボディビルダーのような体格の大男だったと、彼自身が後に語っている。
幼い子どもが、父親の命が奪われる瞬間を 最初から最後まで目撃する――そのあまりに過酷な光景は、彼の心に深い傷として刻まれた。この出来事は、その後の 人格形成、恐怖への向き合い方、音楽に込める感情にまで影響を与えた、Peysohにとって消えることのない トラウマ となっている。
Peysohは 2021年の No Jumper インタビューにおいて、父親について「ごく普通で、仕事熱心な男だった」と語っている。
しかしその後に出演した The Foo Community のインタビューでは、まったく異なるニュアンスの発言をしている。このインタビューの中で彼は、父親が地元フッドで知られた重鎮的存在、「Big Negro」 だったと語ったとされている。なお、音声が編集でカットされているが、「父親は S/S Playboys 13 のメンバーだった」という趣旨の発言をしていたと言われている。
またこのインタビューでは自分はお金が大好きだからメキシコのお金「Peso」から「Peysoh」となったと語っていた。初期の頃の体型や幼少期の記憶に根ざした、個人的で内省的な由来に対し、金、成功、ストリート的価値観を前面に出した由来へと、名前の意味づけまで大きくシフトしている。
Peysohは少年時代、何度か逮捕を経験しており、その中には 決して軽くはない、深刻な事件 も含まれていた。本人は、15歳のときの逮捕について「もう外に出られないかもしれないと思った」と後に語っている。
ただし、この点については 当時のアメリカ・カリフォルニア州の法制度を理解しておく必要がある。カリフォルニア州では 2019年の法改正 により、14歳・15歳の少年を成人裁判(大人と同じ刑事裁判)に移行することは原則禁止となった。法改正以前は、理論上は少年を成人裁判にかけることも可能ではあったが、15歳という年齢で成人裁判に移行し、終身刑のような極端に重い刑に直面するケースは、カリフォルニアでは現実的にはほとんど存在せず、実際当時のPeysohも 比較的短期間の少年施設での収容で済んでいる。
それでも、「出て来られるかわからなかった」と感じるほどの恐怖を、15歳という年齢で味わったこと自体が、彼の精神面に与えた影響は決して小さくない。しかし、冷静に法的な事実を整理すると、15歳当時のPeysohが終身刑を受ける可能性は、実際には「ほぼゼロ」だったと言えるにもかかわらず、一部のインタビュー動画では「15歳で終身刑に直面していた」という表現が、動画タイトルや強い言い回しとして使われているケースがある。更に話す度に話が変わっており、ある時は14才か15才の時だったと言ったり、また別のインタビューでは15才か16才だったと言っている。恐怖を感じたこと自体はリアルでも事実以上に話を膨らませたり、一貫性に欠けてしまうと、ストリートでの“クレジット稼ぎ”のために話を盛っているように見えてしまう事もある。
Peysohは 高校1年生(9th Grade/Freshman)、日本で言えば 中学3年生に相当する年齢で学校を中退している。
13歳頃からラップを始め、16歳のときにリリースした楽曲「6 Block」 がヒット。この一曲をきっかけに、Peysohは ロサンゼルスのローカルシーンで一気に注目を集める存在となった。
彼は、自らの メキシコ系アメリカ人としてのルーツを大切にしている一方で、いわゆる典型的な「チカーノ・ラッパー」という枠には収まらないという立場をはっきり示している。
また、Peysohのキャリア初期を語る上で欠かせない人物が、Huntington Park出身の若手メキシカン・ラッパー、MoneySign $uede だ。2人は非常に近い友人関係にあり、$uedeはPeysohの才能を 早い段階で見抜いた人物として知られている。Peysohが本格的にラップを始める際、最初のレコーディング費用を支払ったのも $uede だった。単なる仲間ではなく、音楽の道へ進むきっかけを与えた“恩人”とも言える存在だ。
さらに、Paramount出身の Swifty Blue とも近しい関係にあり、この3人は 盟友として複数の楽曲で共演。若い世代のLAメキシカン・ラップシーンを象徴するひとつのラインを形成していた。
2023年4月25日、MoneySign $uede はカリフォルニア州 ソレダッド刑務所 内のシャワールームで刺され、22歳という若さで命を落とした。
この知らせを、Peysohは 獄中で聞くことになる。当時(2023年4月)、彼自身も服役中だった。Peysohは後に、この訃報が 精神的に計り知れない衝撃だったと語っており、$uedeを思うあまり、何度もオーバードーズしてしまったことがあるとも明かしている。
なおPeysohは、2022年の終わり頃に銃器の不法所持で逮捕され、およそ 2年間服役。2024年半ばに釈放されている。
MoneySign $uedeについては、派手にギャング活動をアピールしていた人物ではなかったとされている。ただし、彼が Huntington Park出身であることから、サウスLA系ヒスパニックギャングFlorencia 13(フロレンシア13)との関係が一部で噂されてきた。
さらに、彼の死の背景については、スレーニョ系を統括するとされるプリズンギャング「メキシカン・マフィア(La Eme)」が“グリーンライト(殺害許可)”を出していたのではないかという説が、現在も根強く囁かれている。
同様に、Eastside Paramount(ESP)ギャングのメンバー であるSwifty Blue(ESP) に対しても、メキシカン・マフィアからグリーンライトが出ていたと言われている。
Peysohのフッド背景は、交友関係や周囲の環境も含めて 非常に複雑 だが、彼自身が最も強く結びついているのは、サウスパーク周辺のE/S Playboys 13(East Side Playboys 13) である。
Playboys 13(PBS 13) は、1950年代半ばにイーストロサンゼルスで形成された、非常に歴史の長いギャングだ。その後、勢力をサウスロサンゼルス方面にも広げ、East Side Playboys は少なくとも50年以上にわたりサウスLAで活動を続けてきたとされている。
構成としてはメキシコ系アメリカ人を中心とする Sureños 系ギャングだが、このグループの大きな特徴として、黒人メンバー(いわゆる Black Sureños)も多く含まれている点が挙げられる。これは、人種で完全に線引きされがちなLAギャングの中でも、比較的珍しい成り立ちだ。
また、サウスパーク周辺では53(Five-Trey)Avalon Gangster Crips と縄張りを共有している地域もあり、ヒスパニック系と黒人系のストリートが複雑に重なり合うエリアとして知られている。
Playboys 13(PBS 13) は、そのビジュアル面でも非常に分かりやすい特徴を持つギャングだ。
シンボルとして使われているのは、雑誌『Playboy』で知られる、蝶ネクタイをつけたウサギの顔のロゴ。このウサギのモチーフは、グラフィティやタトゥーでも頻繁に使用されている。
また、Playboysの 「P」 を強調する意味合いから、MLBチーム「Pittsburgh Pirates(パイレーツ)」のキャップがよく被られることでも知られている。
ハンドサインは手でウサギの顔を形作るようなジェスチャーがPlayboysを示すサインとして使われている。
彼らは「Rabbit Gang(ラビット・ギャング)」
とも呼ばれ、自分たち自身をスペイン語で「Conejo(コネホ=ウサギ)」と呼ぶこともある。
このように、Playboys 13はウサギというシンボルを一貫してアイデンティティの中心に置いている点が特徴的だ。
組織構成としては、Playboys 13は複数のcliques/小さなグループによって成り立っている。
主なクリックは
• 35th
• 43rd
• 46th
• 49th
• 51st
• 56th
といった番号で呼ばれるグループで構成されており、これらの数字はそれぞれ 拠点となるストリート番号に由来している。
Peysohは彼のフッドや56th street エリアについても話し、本拠地のEast Side Playboys (PBS)には「56Locos」というクリックがあり、56がらみで自分の地元メイウッドと統合したように話している。ただしこの点については、地理的・組織的に完全に統合されているわけではなく、あくまで数字、フッド意識、個人的な帰属感を重ね合わせた、Peysoh自身の解釈・セルフストーリーとして捉えるのが現実的だ。
E/S Playboys13はスレーニョギャングでありながら、Varrio 38th Street 、Varrio 41st Street, Hang Out Boyz 13, Barrio Evil13 など多くのスレーニョスと対立しており、中でもF13、フロレンシア13(Florencia 13)は最大の宿敵とされている。
Peysohは、自身の所属について
「Maywood 6 Block / PBS 13 / ParkSide」
と語り、Playboys 13 側の人間であるという立場を示してきた。
しかしその一方で、過去の写真の中からFlorencia 13(F13)の「F」ハンドサインを投げている姿が発掘され、Redditやストリート系コミュニティで 大きな騒動 となった。
日本人の感覚からすれば、
「たかがハンドサイン」
「ただのポーズ」
と感じてしまうかもしれない。
だが、ギャング文化においてハンドサインは全く別物だ。
ハンドサインは
・組織への帰属
・縄張りの主張
・敵味方の明確化
を示す 極めて重要な“身分証明” であり、そのサインを出せるのは正式なメンバーだけとされている。
非メンバー、あるいは敵対関係にある人間がそのサインを投げる行為は、重大なディスリスペクト(侮辱) と受け取られる。
さらに、敵対ギャングのハンドサインを逆さまにしたり、中指を立てるといった行為は、最大級の挑発・宣戦布告に近い行為とみなされる。
こうした文化的背景があるため、Playboys 13と敵対関係にあるFlorencia 13のサインをPeysohが出しているように見える写真は、極めて問題視された。
一部では、
「Fishburn Avenue の “F” だ」
「56th Street の “F” を示しただけ」
という 擁護意見 も出ている。
しかし正直に言えば、この形は F13 のハンドサインとしてあまりにも有名であり、ストリート文脈では「言い逃れとしては苦しい」と受け取られているのが実情だ。
Peysohは、親友であり盟友でもあったMoneySign $uede と行動を共にする時間が非常に多かった。
そのため、古いミュージックビデオや写真の中には、Florencia 13(F13)系のメンバーと一緒に写っている姿も確認されており、これが一部で
「hood hopping(フッド/ギャングの乗り換え)」
ではないかという批判につながっている。
ギャング文化においてhood hopping は、忠誠心の欠如・信用できない行為として極めて強く嫌われる。たとえ、親しい友人関係、音楽的なつながり、若さゆえの行動が理由であったとしても、敵対関係にあるフッドと頻繁につるむこと自体が問題視されるのがストリートの論理だ。
Peysohは、実際の近隣ギャングメンバーからも敵視される存在となっており、その一例としてBarrio Evil 13 の Chino Tha P は
「Peysohは投獄されたままでいるべきだった。敵が怖くてシャワーも浴びられなかった」と、明確に侮辱的な発言を行っている。
Peysohをめぐる議論は、敵対ギャングだけでなく、East Side Playboys 13(PBS13)の内部にも広がっている。
PBS13で 長年活動してきた黒人系メンバーの Rich Rabbit は、Peysohに対して
「金で保護を買っている」
と、ディスに近い形で批判している。
Rich Rabbitはリリックの中で、
「仲間がPeysohに地元を売った」
と表現し、Peysohが金、知名度、音楽的成功によってフッド内で守られている存在であるかのように示唆している。
さらに彼は、Peysohを支持している PBS13の Mr. KeepItHood に対しても、
「Peysohとつるんで注目を稼いでいるだけだ」
と批判を向けている。
Mr. KeepItHood は、西海岸のチカーノ/メキシカン系ギャングカルチャーに深く浸かった黒人、いわゆる「Black Ese(ブラック・エセ)」として、Peysohを評価し、その成功を積極的にサポートしている。
Mr. KeepItHoodは自らを
「The Hardest Black Ese
(最もタフなブラック・エセ)」
と名乗っているが、実は Rich Rabbit も同じ
「The Hardest Black Ese」 というタイトルの楽曲を出している。
この2人は、「誰が本物の“最恐ブラック・エセ”なのか」を巡ってポッドキャストのライブ配信中に激しい口論・大喧嘩に発展しており、この様子がPBS13内部の深刻な内輪摩擦としてストリートコミュニティで大きな話題となった。
Peysohは、Rich Rabbitを「boujee homie(気取った、お高いホーミー)」と呼んでからかうなど、表向きは軽口を叩きながらも、実際には非常に危うい立場に身を置いているように見える。
プライベートでは依然として内部ビーフや地元ストリートに根差した抗争という深い闇の中に足を踏み入れたまま。しかしその一方で、音楽の世界では確実に成功への階段を駆け上がっている。
2024年、コンプトンの王・ケンドリック・ラマーから直々に指名を受け、アルバム『GNX』に参加。ヒップホップ界の最高峰と肩を並べたことで、彼はもはや単なる「ローカルのギャングラッパー」ではなくなった。
LAの次世代を担う象徴的存在として、業界から大きな期待を集めている。
さらに2025年には、自身の大作アルバム『Finally Fed』をリリース。AzChike、OhGeesy、Mozzy、Tyga、Lil Yachty、Kevin Gates、NLE Choppa、03 Greedo、Bhad Bhabieといった、ジャンルも世代も超えた超豪華フィーチャリング陣が名を連ねた。
6歳で父を失い、ストリートの現実の中で育ち、仲間を失いながらも、“生き残っている側”として、今もマイクを握り続ける若き才能・Peysoh。
彼の次なる一手、そしてさらなる躍進から、今後も目が離せない。